「体を動かしたい」
その素朴な気持ちが、伊丹スーパーフェニックスの青山結依を車いすバスケットボールへと導いた。
2020年、コロナ禍で制限された大学生活の中、自ら障害者スポーツセンターの扉を叩き、初めて出会った競技。そこには勝敗だけではない、挑戦する喜びと、人に支えられる温かさがあった。
やがて競技は、人生の選択そのものと結びついていく。
PwC Japanグループとの出会い、伊丹スーパーフェニックスで見つけた居場所。
競技と仕事、そして未来を見据えながら歩む一人の女性アスリートの言葉には、車いすバスケットボールが社会とつながる意味が静かに込められている。
ーー車いすバスケットボールと出会ったきっかけは何ですか?
青山 大学2年生の頃、ちょうどコロナ禍で大学にも入れず、気持ちが沈んでしまう日が続いていました。
そんな時にダイビングのお話をいただき、「体力をつけたい」と思ったのが最初のきっかけです。高知県障害者スポーツセンターを調べて事務所に伺い、「私にできるスポーツはありますか」と相談したところ、車いすバスケか車いす陸上と言われました。日焼けをしたくなかったので、バスケを選びました。笑
最初は「1カ月だけ」のつもりでしたが、楽しくて続けてしまいました。
ーー初めての練習はどんな環境で、何が楽しかったですか?
青山 最初は高知県のチームで、年上の男性が多い環境でした。私はバスケ経験もなく、言葉も分からないことだらけで「リバウンドって何ですか?」というところから教えていただきました。
車いすの操作も最初は難しく、落ちないように支えてもらいながら練習していました。それでも、競技用の車いすだと「どれだけ動いても落ちにくい」安心感があって、思い切り挑戦できるのが本当に楽しかったです。チームの皆さんにも可愛がっていただいたのも嬉しくて、自然と通うようになりました。
ーーPwC Japanグループとの出会いは、どのような流れでしたか?
青山 大学4年生の時に、同年代の女子選手たちと東京でバスケをする機会がありました。そこで「競技を続けるための就職」という考え方を知って、私もすごく悩みました。私は会計の分野に興味があって、将来は車椅子でも専門性を持って働ける仕事に就きたいと思っていました。そんな中で、PwCがアスリートを支える仕組みがあると聞き「どうしても行きたい」と思って必死にご縁をたどりました。そして念願叶って、大学4年の12月に面接を受け、翌1月に内定をいただきました。
タイミングも含めて、本当にありがたい出会いでした。
ーーPwC Japanグループの支援を、どんな気持ちで受け止めていますか?
青山 まず、感謝の気持ちが一番にあります。私は時短勤務に加えて、遠征費や宿泊費、交通費、物品代などに使える支援もいただいています。競技に集中できる環境があることは、当たり前ではないと感じています。
また、PwCの「チャレンジド アスリート」というチームは、競技だけではなく引退後のキャリアまで含めて考えてくださいます。だからこそ、簡単に車いすバスケを投げ出すことはしないし、結果や姿勢で恩返しをしたいです。
支えていただいている分、きちんと積み上げていきたいと思っています。
ーー伊丹スーパーフェニックスを選んだ理由は何ですか?
青山 高知大を卒業して兵庫に戻る時に、関西で移籍先を探していました。そこで深川大さんに連れて行っていただいて、参加した初日に「ここにしよう」と決めました。伊丹スーパーフェニックスは雰囲気があたたかくて、年代も近い方が多く、すごく入りやすかったんです。さらに、その日に堀内翔太さんにご飯に連れて行ってもらって、いい意味で“囲い込まれた”感じもありました(笑)。居場所だと思えたことが大きかったです。
ーーこれから、伊丹でどんなチームを目指したいですか?
青山 私は「下を育てる意識」がすごく大切だと思っています。雰囲気が良いだけでは強くなれませんし、誰かの成長にチーム全員が少しずつ責任を持てると、もっと良くなるはずです。
練習で具体的に指導してくださる先輩の姿勢は本当に素敵だと思っていますし、私自身ももっと言ってもらいたいです。
「ここができていない」と言ってもらえる方が、帰属意識が高まりますし、チームのために頑張ろうと思えます。私はまだ学ぶことばかりですが、だからこそ吸収して、貢献できる選手になりたいです。
青山結依の言葉から伝わってくるのは、決して派手な覚悟ではない。
支えてくれる人への感謝を忘れず、自分にできる役割を丁寧に積み重ねていく姿勢がそこにはある。
PwC Japanグループの支援を「当たり前ではない」と受け止め、伊丹スーパーフェニックスというチームの中で成長し続けたいと語る姿は、車いすバスケットボールが持つ社会的意義そのものを映す。
競技は、挑戦する人の可能性を広げ、周囲を巻き込みながら価値を生み出していく。
青山の歩みは、そのことを静かに、そして確かに教えてくれた。
記事:高野 篤
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