車いすバスケットボールの魅力は、迫力あるプレーだけではない。
競技を通じて人と人がつながり、価値観が更新され、応援の輪が広がっていく——。
伊丹スーパーフェニックス(以下、伊丹SP)の堀内翔太は、自身の経験を通してその本質を語る。
2012年、病気で右脚を切断。そこからわずか2週間後、まだ傷がふさがっていない時期に競技と出会い、コートへ踏み出した。
伊丹で積み重ねた年月、そして東テク株式会社との出会い。
支援の背景には、会社としての後押しだけでなく、現場で動き続ける人の存在があった。
「生きるために切った」——2012年、病院で始まった競技人生
堀内が車いすバスケと出会ったのは、大学4回生の卒業間際、2012年11月。病気により右脚を切断した。
「先生に『切るか、死ぬか、のどちらか』と言われて決断した」という。
その後、同じ病院で先に競技を始めていた選手から声をかけられた。
「切断して2週間後くらいのまだ傷がふさがってないタイミングで『練習見に来ないか』って」
周囲に車いすの知り合いがいない中、障害を持って車いすに乗っている選手が当たり前にプレーする光景は、世界の見え方を変えた。
そこで告げられた一言が背中を押す。
「『切断なら花形競技やで』って言われて、頑張ってみようかなって」
競技を始めてからしばらくした後、同年代が集まる大会を経て、伊丹SPへとつながっていく。
堀内が振り返るのは「みんなでやろう」という空気だ。
「もっとちゃんとこの競技を突き詰めたい」
当時の伊丹SPは、選手が考え、動き、チームを前へ進めようとする熱があった。気づけば、堀内にとって車いすバスケは「伊丹スーパーフェニックスそのもの」と言えるほど、生活と時間の中心になっていた。
堀内が語る伊丹SPの良さは、まずチームの多様性にある。
男子・女子、障がいの有無にかかわらず選手が在籍し、多様な背景を持つ選手が一つになってチームの雰囲気を作っているという。
同時にアスリート雇用の選手が多い点もチームにとっての強みだと捉える。
「競技が仕事になっている上で、ベクトルがバスケットに向きやすい。みんなが『チームを強くしよう』と思って動いている」
勝利を目指す姿勢と、互いを支え合う空気。それが伊丹SPの『応援される理由』にもつながっている。

——感謝しかない。結果で恩返ししたい。
東テク株式会社との関係は、最初からスポンサー契約として始まったわけではない。入社のきっかけは、人の縁だとという。
そこで生まれたのが「応援したい」という自然な動きだった。
堀内が「一番に恩返ししたい」と名前を挙げた人がいる。東テク株式会社の門脇さんだ。
門脇さんは部署や担当の枠を超え、環境面の理解や社内告知、応援企画まで動き続けてくれているという。
入社後に門脇さんから言われた「試合見に行きたいから日程教えて」その一言から始まり、次に飛んだ言葉が象徴的だった。
「『翔太くんの横断幕ってないの』って。そこから色んなご支援をいただくようになって、今に至ります」
やがて堀内は、チームの現状として「アスリート雇用ではない選手が、費用面で遠征に行けないことがある」と相談。支援は毎年少しずつ積み上がっていった。
障害者を雇用するための準備が十分な状況ではない社内環境に置いて「私が考えてあげる」と声をかけ、トイレや移動など、現場が気づきにくい部分を拾い上げる。伊丹SPが出場する大会情報を全社員に広げ、応援してくれる人を増やすために社内外と掛け合う。
堀内はその姿勢に、競技者としての責任を重ねる。
「門脇さんが『私が育てた社員やぞ』って胸張って言えるように、結果を出したい」
支援の本質は、金額の大きさだけではない。人の熱量が、チームの未来を動かしている。
堀内翔太の言葉は、車いすバスケが「競技」であると同時に「社会とつながる手段」でもあることを示していた。
『切るか、死ぬか』と選択を迫られた病院から始まった挑戦は、企業の応援は支えてくれる多くの方によって更に広がり続いていく。
固定概念を崩し、世界を広げ、誰かの背中を押す。伊丹SPが掲げる
「Link Shapes the Next ― つながりが未来を創る」は、堀内の歩みそのものに重なっている。

「つながり」が、価値観を変え、未来を動かす
伊丹SPが掲げる理念
「Link Shapes the Next ― つながりが未来を創る」
この言葉について、堀内は「カッコよく体現できているかと聞かれると、難しい」と前置きしながらも、自身の経験を通じて、その意味を静かに語った。
伊丹SPには、男子・女子、障がいのある選手・健常者の選手が混在している。
健常者が車いすに乗り、構造を理解し、身体で覚えながらプレーする光景は、決して特別なものではない。
「それを『当たり前』として体現できているのが、伊丹の強みだと思います」
理念の「つながり」は、チーム内だけにとどまらない。
堀内は、スポンサー企業同士が伊丹SPを介して自然につながっていく様子にも、その価値を見出している。
「最初は横断幕を作ろう、試合を見に行こう、というところから始まった関係が、今では企業同士のつながりにもなっている。それは、応援したくなるチームでいようと目指してきた結果だと思います」
また「挑戦」という言葉も、堀内にとって理念の重要な軸だ。
「車いすバスケはこうあるべき、という固定観念を崩していく。戦い方も、チームの在り方も、常に発展途上。その挑戦が、次の世代や未来につながっていくと思っています」
理念とは、掲げるだけのものではない。
人と人が出会い、価値観が更新され、応援の輪が広がっていく過程そのものだ。
堀内翔太の言葉は、伊丹スーパーフェニックスが大切にしてきた「つながり」が、確かに未来を形作っていることを静かに証明している。
記事:高野 篤
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